PERSPECTIVES Vol.4:時代、業界を越境して見えた企業固有の「宝」── 企業のナラティブを、競争力へ変えるクリエイション
優れたデザインも、利便性に富んだ機能も、世に出た瞬間から模倣が始まり、やがて「よくある良いもの」の一つになっていく。生成AIをはじめとした技術の普及で、一定水準のクリエイティブには誰もが手が届くようになった。尖ったクリエイティブや機能、他者に真似できないデザイン。そうしたものでさえ、差別化の源泉であり続けるのは難しくなっている。
一方で、企業や組織が歩んできた固有の歴史、現場で重なった意思決定の文脈は、ともすれば見落とされがちだ。組織の奥深くに眠るそうした思想や過去の決断にこそ、他者には代替できない本質的な価値が隠されているのではないだろうか。
スタートアップ経営という旅路と、その根底にある思想に迫るインサイトメディア『Journal』。その対談企画である『PERSPECTIVES』では、Hubble経営陣が各界のトップランナーを迎え、ビジネスの大きな潮流のなかで、「普遍的な問い」を提示していく。
今回は、自身のブランド「FACETASM(ファセッタズム)」で世界の最前線に立ち、ストリートやモードの文脈を牽引する一方で、ファミリーマート「コンビニエンスウェア」のクリエイティブ・ディレクターや常石グループCDO(チーフ・デザイン・オフィサー)を務めるなど、先鋭と日常の境界を横断して新たな価値を生み出し続けるファッションデザイナー/クリエイティブディレクター落合 宏理 氏をお迎えし、Hubble CLO/弁護士の酒井 智也との対談をお届けする。
企業の中に眠る意思決定や歴史という企業固有の「宝」を掘り起こし、現代の価値へと再配置する視座とはどのようなものか。前例のない挑戦の中で、現場での対話を通じて新しいルールを作り上げていく共創の思想まで。均質化する市場において、人間同士が言葉と熱量を交わし、真の信頼と合意形成を育むことの本質を、本対談を通じて解き明かす。
モードの最前線から、経営へ ── 組織に美意識を取り入れる
酒井:落合さんはご自身のブランド「FACETASM」でパリコレクションなどのモードの最前線を牽引されてきた一方で、ファミリーマート「コンビニエンスウェア」のクリエイティブ・ディレクターや、常石グループのCDOとして建築ディレクションを手がけられるなど、大手企業や異領域でのプロジェクトを数多く手がけられています。まず、今回の対談は、常石グループが日比谷に開設した新拠点 「TATOU TSUNEISHI(タトウ ツネイシ)」で行わせていただいておりますが、ここについて教えてください。
落合:常石グループでは、僕にとって初めてとなる建築プロジェクトのディレクションを担当しました。常石グループには昔から若手建築家にチャンスを与え、ともに成長していく文化があり、かつては若き日の建築家・藤本 壮介さんが社宅を手がけられたような歴史的文脈があります。僕自身も今回は、40代くらいの若手建築チームであるウルトラスタジオと一緒に空間を作り上げていきました。
酒井:ファッションデザイナーである落合さんが、建築や空間の表現に携わるというのは、素人目には全く異なるジャンルへの挑戦に見えます。
落合:僕自身は、常石グループの代表である神原 勝茂(かんばら かつしげ)さんの美意識や品格の高さ、あるいは禅の修行をされている思想などに触れ、そこから得たヒントを通訳のように空間へ表現した感覚です。つまり、建築家とオーナーの間に立つ「翻訳家」のような存在なんだと思います。
酒井:企業の文脈を丁寧に読み解いて、形にしていくプロセスの先にこの空間があるということですね。
【TATOU TSUNEISHI】

1903年創業の常石グループが、東京・日比谷に開設したグループの新たな情報発信・共創拠点。名称の「TATOU」は、同社の原点である瀬戸内海の「多島海(たとうかい)」に由来する。チーフ・デザイン・オフィサー(CDO)を務める落合宏理氏が監修、建築コレクティブ・ウルトラスタジオが設計を担当。「余白」を核としたフロアには、水面の揺らぎを表現したステンレス床や和紙照明が配され、グループが100年以上培ってきた美意識と品格を空間全体で表現している。
落合:そうですね。企業の中にデザインを取り入れることで、100年以上続いてきた信念や品格を、どう表現するか。それが信頼につながって、「この企業だからこそ、美しい船ができるんだ」という安心感を生むのだと思います。そしてそれは、そこで働く人たちの誇りやモチベーションにもつながっていきます。
酒井:私たちの会社にも、約150人のメンバーがいます。一人ひとりが固有の感性やこだわりを持っていて、それを経営が揃えるものではないと思っています。ただ一方で、会社として大切にしてきた価値や美意識を、メンバーが自分ごととして感じ取れる状態にはしていきたい。押しつけるのではなく、自然に伝わっていくために、何ができるのでしょうか。
落合:まずは、その空間や価値観が生まれた背景、つまり歴史や思いの意味を、メッセージとして共有することだと思います。「なぜこうなっているのか」が分かれば、迷ったときに「我々はこうだよね」と立ち返れる。そこから初めて、良い空間やデザインが続いていきます。
それと、150人いれば、150通りのこだわりや美意識があるはずです。僕自身も、美術館に「行かなきゃ」と思うとストレスになるので、あまり行かないんです(笑)。それより、日常で寄り道したり遠回りしたりするなかで、美しいものやアイデアに出会うことのほうが多い。些細な美しさに気づけるきっかけが、会社の中にいくつもあればいいのだと思います。そのうえで、僕らにできるのは、自分たちが本当に熱狂している姿を見せること。嘘は、すぐに伝わってしまうので。
越境で拓かれる新たな未来へ──日常のインフラを担う大企業との共創
酒井:さらに今、ファミリーマート「コンビニエンスウェア」のクリエイティブ・ディレクターも務められています。これはどのような背景でしょうか。
落合:約7年前に「コンビニで洋服を作る文化を一緒にデザインしよう」とお声がけいただきました。自分のキャリアにおいても大きな転機でした。それまで出会ったことのない方々と向き合い、大手企業の現場に寄り添う経験は、来年でデザイナー20周年を迎える自分にとって大きなインプットであり、かけがえのないチャンスだと感じています。

酒井:ご自身のブランドを牽引する一方で、あえて一度立ち止まり、大企業との共創やインプットに時間を割くというのは、非常に思い切った選択ですね。
落合:自分の初期衝動だけでデザインし続けるのではなく、今求められている感覚や価値観で大手企業の方と向き合う。そこで得る学びは、将来的に復活するFACETASMのクリエイションにも必ず還元されますし、何よりこれからの若いデザイナーたちに対して「ファッションデザイナーという職能を使った新しい選択肢や方向性」を示せるのではないかと思っています。
ストリートカルチャーからファミリーマートへ ── 時代の変化のなかでも一貫する熱量
酒井:実は今日、ぜひ最初にお聞きしたかったのがカルチャーの変容についてなんです。私も学生の時に裏原宿のカルチャーに強い感銘を受けました。当時は出身地の札幌から原宿に出てきて、UNDERCOVERやA BATHING APE®など様々なブランドの熱気をリアルタイムで体感してきた世代です。この20数年でアパレルのストリートカルチャーは大きく様変わりしてきましたが、そのど真ん中にいらっしゃった落合さんは、この動きをどのようにご覧になっていますか。
落合:僕自身も、まさにあの熱気の中にいた一人でした。高校生の時に、NIGOさんと高橋盾さんがやられていた「NOWHERE」という本当に小さなショップに、制服を着て並んでいたような子でした。当時はMaison MargielaやAntwerp Sixが登場し、ファッションがすごく元気で良い時代でした。
その後、自分はFACETASMで東京コレクションやパリコレクションへ進出し、ヴァージル・アブローやデムナ・ヴァザリアといった同世代のデザイナーたちがモードの頂点へ上がっていくのをリアルに目撃してきました。ただ、巨大な資本がそうしたカルチャーを総取りしたことで、一度裏原宿というカルチャーは成熟し切ったと感じています。
酒井:時代や環境が大きく変わったのですね。ファストファッションの大きな波とハイブランドに二極化するなかで、中間帯のブランドが選ばれ続けるのは難しくなっているように感じます。そのなかで落合さんはどのような道を選ばれたのでしょうか。

落合:すごく難しいと思います。僕の考えとしては、ファッションデザイナーの仕事は、洋服のデザインだけでなく、スタイリング、ヘアメイク、カメラマン、ショーの演出や照明まで含めた総合芸術です。つまり、ここまで培ってきた職能や価値観は、実に多様なもので、これを持って別の環境で活かしていくことができる。いま、大手企業と向き合うことで、企業にとっても新たな価値が生まれるのではないかと考えました。だからこそ一度FACETASMを休止してでも、ファミリーマートや常石グループと一緒に寄り添う道を選びました。それがこれからの若いデザイナーにとっても、新しい選択肢や方向性になればと思っています。
酒井:ファッションデザイナーという職能を使って、大企業の現場に寄り添うわけですね。ファミリーマートのように何千万人というマスを相手にする際、自分がやりたいデザイン性やクリエイティブを削ぎ落とさなければいけない葛藤はなかったのですか。
落合:FACETASMは、自分の心が震えるような、まだ見たことのないものを探して、「この価値観はどうだろう」と妄想するところから生まれます。一方のファミリーマートは、全国約1万6,000店舗あって、年間でのべ約55億人が利用する場所です。一つの巨大なメディアだと捉えられます。そして様々な背景を持つ人たちが、商品を目にした瞬間に、心を動かされるものでなければいけない。そこに、この仕事の面白さと責任があると思っています。
酒井:届けるだけではなく、その反応が見えるのも、大きな違いですよね。
落合:そうなんです。ファミリーマートの流通システムでは、商品がレジを通った翌日には、何歳の方が、何時ごろ、どんな商品を買ったのかが分かります。アパレルでは、これはとても難しいことです。世界的なファストファッションブランドと比べても桁違いの店舗数を有しており、僕にとって、いま一番洋服を売っている場所がファミリーマートです。そこで勝負するなら、日本中を少しでも幸せにしたいし、いまの社会が抱える課題も、ファッションを通してきちんと伝えたい。メッセージを送れば、翌日にはデータとして答えが返ってくるイメージです。「ここまで受け入れてもらえた。では、次はここまでやっていいよね」と、一歩ずつ踏み出していくんです。外から見ると「そこまでやるの?」と驚かれることもありますが、日本中とリレーをするように、少しずつ積み重ねてきました。
FACETASMとファミリーマートは、スタートは違っても、そこにかける熱量や、ものづくりに向き合う時間は、ほとんど変わりません。
正解なき挑戦におけるルールメイキング ── トップの決断と現場への信頼
酒井:ファミリーマートや常石グループのような巨大な企業組織の中で、これまでにない新しいアプローチを進める際、一般的なビジネスであれば表現の幅に対する規制や制約、あるいは売上に対する大きなプレッシャーが存在するように思えます。落合さんはそうした社内プロセスや数字とどのように向き合われているのでしょうか。
落合:実は、窮屈だと感じたことは一度もないんです。ファッションデザイナーである僕にインフラの一部や事業を任せるというのは、企業側にとっても前例のない大きなチャレンジですよね。お互いに答えやゴールを知らない挑戦だからこそ、「どこまで行けるか」を膝を突き合わせて話し合い、納得しながらルールを自分たちで一緒につくっていく感覚なんです。制約に縛られるのではなく、仲間の言葉や意識、そしてトップの方々の意思決定によって、自分たちで枠組みを狭めたり広げたりしながら形にしていく。
酒井:正解が事前に定義されていないからこそ、現場や経営陣との対話を通じて共創的にルールを定義していくのですね。ファミリーマートのプロジェクトでは売上目標300億円という非常に大きな数字も話題に上りますが、そのスケール感に対するプレッシャーはどう捉えていますか。
落合:数字そのものにプレッシャーを感じることはあまりありません。数字はもちろん大切ですが、それ以上に、このプロジェクトを成功に向かわせている要因は、企業の決断力です。

酒井:企業の決断力、ですか。
落合:ええ。コンビニで服を売るという取り組みに対して、ファミリーマートのトップが「ここで新しい服飾文化をつくる」と固く決意し、店舗の入口正面という最も重要な売り場を割り当てる判断をしてくださった。1万6,000店舗で働く約20万人の方々を信じ、味方にするという強いメッセージを内部(インナー)へ発信したことが大きかったのだと思います。
トップの強い覚悟と、全国の現場を支える方々へ絶えず重ねてきた対話があったからこそ、文化としての大きなムーブメントを生み出すことができたのだと感じています。
足元に眠る「固有の歴史」を発掘し、言葉とデザインで再配置する
酒井:新しい文化や現場との信頼関係を短期間で築き上げるのは極めて難度の高い挑戦だと思います。文化・信頼の醸成に向けて、落合さんは、どのようなことを意識されていたのでしょうか。
落合:まずは、とにかく自ら現場へ足を運び、人と直接話して思いを伝えることで信頼を醸成してきました。プロジェクトが立ち上がった当初、まだ商品すらない段階で100店舗以上を直接回りました。何千人も集まる加盟店向けのイベントにも参加し、現場の方々と対話を重ねていきました。東京の中心だけで物事を捉えず、地方の現場で働く方々の声に耳を傾けることで、自分たちの価値観とは異なる多くのヒントや気づきを得ることができました。
酒井:経営やビジネスの現場でも、データやフレームワークだけでは捉えきれない「生きた文脈」は現場にしか存在しません。実は私たちHubbleも、法人向けに契約書や意思決定のマネジメントシステムを提供する中で、企業の中に積み重ねられてきた過去の意思決定や歴史を単なるデータではなく組織の宝(知の蓄積)として可視化し、次の合意形成へとつなげる挑戦を続けています。常石グループさんでのブランディングや建築のディレクションにおいても、そうした対話から本質を引き出していったのでしょうか。
落合:そうですね。外部から企業に入らせていただくと、そこはまさに「宝の山」なんです。組織が10年、100年と積み重ねてきた一つひとつの決断や思想、現場のこだわりには、すごく美しいものがたくさん眠っています。ただ、内部にいる当事者にとっては当たり前すぎて、その価値に気づけていなかったり、もったいない形になっていたりする。
僕の仕事は、新しいことや突飛なアイデアを外から持ち込むことではありません。企業の中にすでに存在する歴史や思いという価値を発見し、「これって本当に大切な意思決定だったよね」と話し合いながら、現代に伝わる形に美しく再配置することなんです。
酒井:外部から力づくで変えるのではなく、企業が脈々と受け継いできた変わらない本質を正しく捉え直して社会へ届ける。それこそが落合さんの仰る通訳であり翻訳者としての役割なのですね。

落合:はい。派手で見映えが良いだけのデザインは誰でもできます。そうではなく、その企業が歴史の中で積み上げてきた意思決定の文脈を丁寧に紐解き、過不足なく形にしていくこと。それこそが、真の意味で企業やプロダクトの信頼を生み出すブランディングなのだと考えています。
市場の均質化を超えて ── 人間的ないびつさと熱量を交わす対話が生み出す信頼
酒井:昨今はソフトウェアやクリエイティブの世界をはじめ、あらゆるプロダクトの機能や表現が均質化しやすい時代へと突入しています。そうした中で、企業が自らの背景やナラティブを独自の競争力に変えていくために、落合さんはどのような視点が大切だとお考えですか。
落合:最新の技術や完璧なロジックだけが人を感動させるわけではない、ということだと思います。例えば人々がApple製品を選ぶ理由も、単に最新スペックや利便性だけが理由ではないはずですよね。アンテナは張りつつも、企業やプロダクトが持つ根本の理念やチャーミングさ、時には人間的ないびつさにこそ、人は強く惹きつけられるのだと感じます。
完璧や効率ばかりを求めすぎると、作り手のひとりよがりになってしまいます。お客様や現場と心地よいコミュニケーションを取れる瞬間をいかに作れるかが重要だと考えています。
酒井:経営や組織における意思決定のプロセスでも、データや計算を超えた言葉と熱量を直接重ねる対話が根底になければ、真の信頼や新しい文化は生まれないということですね。

落合:本当にそう思います。前例のないチャレンジに取り組む時、僕自身ができることは自分の思いや熱意を泥臭く伝えることくらいしかありません。一人で完結する仕事ではなく、巨大な企業や多くの現場の方々と一緒に動くからこそ、言葉と熱量を直接交わして仲間を増やしていく。一見すると最も単純で時間がかかる作業に見えますが、それしかできないし、それこそが本質なんです。
企業が本気になって何かを変えたいと思う熱量があれば、スタートアップも大企業も変わりません。だからこそ声をかけていただいた時には恐れずに飛び込むし、僕自身も「1秒」で決断します。
酒井:「1秒」で決断する圧倒的な決断の速さと熱量、そして企業が紡いできた宝を尊重して対話から新たな価値へと再配置していく姿勢。落合さんのお話は、これからの時代において企業や組織が社会とどのように向き合い、人間的な合意形成を育むべきかという大きな示唆に満ちていました。本日は誠にありがとうございました。
落合:ありがとうございました。
対談者プロフィール
落合 宏理(Hiromichi Ochiai) 1977年東京生まれ。文化服装学院卒業後テキスタイル会社に勤務。2007年にファッションブランド「FACETASM(ファセッタズム)」を立ち上げる。2016年、リオ五輪閉会式「フラッグハンドオーバーセレモニー」の衣装制作。同年、第3回「LVMH PRIZE」にて日本人で初めてファイナリストに選ばれる。2018年には「ANDAM ファッションアワード」にてファイナリストに選出された。 2021年「ファミリーマート」のコンビニエンスウェア、クリエイティブ・ディレクターに就任。2025年「常石グループ」のチーフ・デザイン・オフィサーに就任。
酒井 智也(Tomoya Sakai) 株式会社Hubble 取締役 / CLO / 弁護士(67期/第二東京弁護士会所属)。2013年慶應義塾大学法務研究科(既習コース)卒業後、同年司法試験合格。東京丸の内法律事務所でM&A、コーポレート、スタートアップ支援・紛争解決等に従事。2018年6月より、Hubble取締役CLO(最高法務責任者)に就任。2020年に立ち上げた「OneNDA」の発起人。
(取材日:2026年9月 / Editing & Text by Hubble Brand Communications / Photo by Naoya Takahashi)