PERSPECTIVES Vol.3:全自動化の時代に、人間はどこに納得を見出すのか ── 効率化の先にある知性と信頼の構造
あらゆる領域で効率化や自動化が加速するいま、生成AIやVibe Coding(バイブコーディング:自然言語による指示を中心にAIと協働してシステムを組み上げる開発スタイル)の急速な普及は、ソフトウェア開発や業務プロセスのあり方を根底から変えつつある。指示ひとつでコードが生成され、業務が自動化される世界において、人間が果たすべき真の役割とは何だろうか。
スタートアップ経営という旅路と、その根底にある思想に迫るインサイトメディア『Journal』。その対談企画である『PERSPECTIVES』では、Hubble経営陣が各界のトップランナーを迎え、ビジネスの大きな潮流のなかで、「普遍的な問い」を提示していく。
今回は、人間の能力をテクノロジーによって拡張する「人間拡張(Human Augmentation)」や「IoA(Internet of Abilities)」の第一人者である東京大学名誉教授の暦本 純一氏と、同研究室の出身であり、現在はHubbleのCTOとしてAIプロダクト開発を統括する藤井 克也の対談をお届けする。
AIが自律的に動き、ともすれば全自動化やSaaSの終焉すら語られる時代において、人間が主体性を失わず、自らの知性と納得感を高めていくためのアーキテクチャとはどのようなものか。アカデミアとスタートアップの双方が、10年先の人間と技術の共創のあり方を探索する。
ドローンと視線解析から始まった原点 ── 社会に必要な「問い」を解く研究姿勢
藤井: まずは僕の原点である暦本研究室の卒業生として、先生に僕の学生時代の印象をお伺いできればと思います。大学院に入学してから通算で7〜8年ほどお世話になりましたね。
暦本氏:卒業のタイミングはちょうどコロナ禍に差し掛かってオンラインでしたよね。藤井くんが入ってきたときのことはよく覚えていますよ。「すごいイケメンの人が入ってきたな」と思って(笑)。和気藹々と合宿に行ったりもしましたね。最初の研究は、駒場キャンパスでのドローンでしたよね。
藤井: 恐縮です(笑)。一番最初はドローンのバッテリーの自動交換機構を作ったりしてました。
暦本氏: そうです、充電する仕組みですね。当時は3Dプリンターやアクリルカッターを使ってガチャガチャと組み立てたり、基板まで作ったりしながら、研究者らしくハードウェアとソフトウェアの双方を試行錯誤しながら着実に作っていた。修士を終えて博士課程に進んでからは、学習塾の子供たちがちゃんと先生を見ているかという視線計測の研究をしていましたね。

藤井: 当時はドローンのPID制御を行ったり、OpenCVでの画像認識を自前で構築したりしなければならず、実装がかなり大変だった記憶があります。今なら生成AIやLLMに頼めば1日でできてしまいそうですが。当時は暦本先生から「入学時点で国際学会で発表しよう」と言われていて、アイデアに悩んでいた僕に「ドローンを普及させるにはバッテリー問題があるから、ドローンのガソリンスタンドを作ったらどうか」と提案していただいたのがすべての始まりでした。
暦本氏: ドローンの自動充電なんて、今で言う「フィジカルAI」の先駆的な取り組みですよ。現在でも無線給電で止まらずに無限に飛び続けるセンサーネットワークなどの研究がありますが、当時は部品やツールがなかったから作るのが大変だっただけで、人類や社会に必要な方向性として非常に素晴らしい研究でした。
藤井: 博士課程ではソフトウェアに切り替え、英語学習時の視線計測とAIの研究を進めました。ただ、僕の中でひとつ悔いというか、修士でMITに留学し、帰国後に博士課程を終えるタイミングで今の会社(Hubble)を起業しました。学問と事業立ち上げを同時にやるという中途半端なことをしてしまったという思いがあり、先生にはずっと申し訳なさを感じていました。
暦本氏: いやいや、博士課程での研究も今のフィジカルAIや実用的なシステムに通じる先駆的なものでした。当時は大変だったけれど、社会に必要な方向性を捉えて研究をやっていたわけですから、申し訳なく思う必要なんてないですよ。
藤井: そう言っていただけると本当に救われます。Hubbleではシステム設計やプロダクト開発などでソフトウェアの面が強みですが、研究時代にハードウェアや基板作成に関われた経験は貴重な財産です。
Vibe Coding時代のアイデア創出 ── 誰もが「作れる」世界で、一歩先へ行く思考法
藤井: まず、生成AIやLLMが登場したことで、研究やアイデア創出のあり方がどう変わったのかについてお聞きしたいです。
僕の学生時代と比べると、テクノロジー環境は激変しました。例えば当時「心拍数からうつ病の早期発見ができるか」という研究をしようとしたら、文献を漁ったり他学部の先生にヒアリングしたりして、可能性を判断するだけで半年くらいかかっていました。しかし今ならClaude等に尋ねれば一発で論文を出してくれ、プロトタイプのコードまでその日のうちに書いてくれます。Vibe Codingの普及で技術的な優位性を語るのが難しくなる中で、暦本先生はどのような思考プロセスで新しいアイデアや問いを生み出しているのでしょうか。
暦本氏: 僕の思考の基本には、藤井くんの博士論文のように「最終的に役に立ちそうなもの」が好きだという感覚があります。研究の世界によくある、奇抜で面白いけれど現実にはあり得ないような「詭弁論文」はあまり好きではないんです。素直に「これがあったらいいな」という欲求があり、そこにジャンプ(飛躍)を加える。例えばAugmented Reality(拡張現実)の初期に、歌舞伎のイヤホンガイドを聞いて「コンテキストやインターフェースのヒントがある」と着想を得たように、問題意識は常に日常に転がっています。画面操作にマウスを使うのが当たり前だった時代に、マルチタッチも「人間は指1本だけで操作しないよね」と言われれば当たり前ですが、当時は誰もマウスの不便さに気づいていなかったわけです。
藤井: 日常の当たり前に対する疑問や違和感から問いを立てるわけですね。暦本先生といえば、教授になってからも自身でコードを書いて、単著で論文を出すことで有名でしたよね。それは今でも変わらないですか?

暦本氏: バイブコーディングを使うようになって、去年から自分でコードを書くのは本気でやめました。8歳の頃からコードを書いてきましたが、今は1行も書かずにすべてAIに書いてもらっています。壁打ち相手としてもAIを酷使していて、アイデア創出のプロセスは劇的に変わりましたね。
藤井: 一方で、誰もがAIを使ってプロトタイピングできる時代になると、全員が似たようなアイデアに辿り着いてしまったり、学生に対して「本当に自分で考えた問いなのか?」という違和感が生まれたりしませんか。
暦本氏: ツールを使いこなすこと自体は全く問題ないと思っています。ただ、ChatGPTの音声会話機能を使って話していても表面的な会話になりがちなように、AIを使えば何でもできちゃうと思い込むことで、現実的なボトルネックや見落としがちな部分が見えなくなってしまうリスクはあります。
藤井: 確かに、気がつくと表面的な問題に誘導されてその解を求めてしまっていることが多々あります。学生時代にもよく先生から「issueから始めよ」と言われてたように、問題の本質を深堀して考える大事さを改めて感じています。最近先生が興味を持たれたのはどんなことですか?
暦本氏: セブン-イレブンとか興味深いです(笑)。セブン-イレブンはただ単に商品を売るだけじゃなくて、その裏には店舗や配送、商品展開を含めたエコシステム全体が極めて精緻に構築されていて、他社には真似できないような強固な凄みがある。表面的な課題を解決しようとすると、「二足歩行ロボットが歩いた」「おにぎりを棚に並べた」といった個別要素ばかりが注目されがちですが、それはシステム全体のごく一部に過ぎません。50年後に店舗という形態そのものが消えてドローン配送に置き換わっている可能性も含めて、コンビニという巨大な業態・エコシステム全体にAIやロボットが本格参入したときどう進化するのか。点ではなくシステム全体を構造的に捉え、テクノロジーと結びつけて未来の可能性を構想することこそが面白いわけです。
「全自動化」の限界と、第三者調停者としてのAI
藤井: 現在、僕たちHubbleでは「Contract Flow Agent(CFA)」という契約AIエージェントの構想を掲げ、プロダクト開発を進めています。契約のライフサイクルを考えると、事業を早く進めたい事業部と、リスクや目的が不明確な案件を警戒する法務部との間で、同じ会社でありながら対立構造が生まれがちです。その間にAIをかませて、過去の契約データや社内ルールをもとに一次判定や自動案内を行い、承認フローや更新管理までを滑らかに繋ぐ仕組みです。学会での論文査読と契約書のレビューには「不完全さや抜け漏れを探す」という共通点がありますが、決定的な違いは、契約書は最終的に人間が判断してハンコを押すという「意思決定と責任」が存在する点です。
暦本氏: 契約の現場には、単なる計算ロジックだけでは解決できない人間の壁が存在しますよね。以前、大学と民間企業で共同研究契約を締結しようとした際、双方ともに譲れない標準テンプレートを持っていて折り合わず、担当者間で「なぜこの一行を消したんだ」とメールで空中戦のようになっていました。双方の法務部が譲らないわけです。
藤井: まさに双方が「自社のリスクを回避したい」という思いから平行線になってしまうパターンですね。
暦本氏: そうなんです。双方が自分都合のAIを連れてきても解決しません。ですが、もし双方から独立し、中立で膨大な判例や他社の経験を持つ「第三者のAI」が間に立ち、「ここをこう折半すれば双方にリスクはなく、落とし所ですよ」と提示してくれたらどうでしょうか。お互いに無駄なすり合わせコストを払わずに済み、産学連携も一気に加速するはずです。

藤井: ただ、民間企業側からすると「そのAIは本当に中立なのか?相手側に有利になっていないか?」という懸念がどうしても生まれますよね。第三者としての信頼を担保するのは容易ではありません。
暦本氏: だからこそ、Hubbleさんのような存在がデファクトになり、「Hubbleがリスクがないと言っている契約書なら大丈夫だ」という信頼を獲得できるかが鍵になります。そこに必要なのは純粋な論理ではなく、人間側の「Trust(信頼)」です。「この会社が仲介してOKを出しているなら信用できる」という信頼関係を築けるかどうかが、全自動化の限界を超えるアーキテクチャの核心だと思います。
「全自動株式会社」の思考実験 ── 効率の先で炙り出される人間の自己効能感
藤井: AIやVibe Codingによって開発や作業がこれほど効率化されると、「ソフトウェアは全部AIに作らせれば良い」「語学学習も自分で勉強せずAIに喋らせればいい」といった全自動化の議論が出てきます。しかし、人間の能力拡張(Human Augmentation)を追求してきた暦本先生は、あらゆるプロセスをAIに任せきりにすることについてどう捉えていますか。
暦本氏: 自動化に対するスタンスは、人間がその行為に対して「何に価値を感じているか」によって全く異なります。例えば「ピアノを弾けるようになりたい」という人は、自ら練習して上達するプロセス自体に価値を感じているわけであって、全自動で綺麗な演奏をしてくれる装置が欲しいわけではありません。そこに入るAIは自動化ではなく「ミスタッチを教えてくれる支援者」になる。
お茶を習うのもそうで、全自動お茶ロボットを作るのではなく、しきたりや作法を学びながら奥深い感覚を体験したいわけです。基本的には効率化を進めればいいのですが、「人間が自らやりたいこと」と「本当はやりたくないけれど不本意にやらざるを得ないこと」は明確に分けて考えるべきです。僕の言葉で言えば、「Efficiency(効率)」と「Efficacy(自己効能感)」は全く違う話なんです。
藤井: 効率化の追求(Efficiency)と、人間自身の「自らやり切った」という達成感や手触り感(Efficacy)は切り離して考えるべきだということですね。

暦本氏: そうです。そして民間企業の活動に関して言えば、僕は全自動株式会社という思考実験をしていいと思っています。「10年後の会社は基本的に全自動であるべきだ」と一度仮定してみる。例えば全自動セブン-イレブンを作ろうとしてみて、それでもなお現実としてAIや機械だけでは自動化できない部分はどこか、と逆算していくんです。無理やり人間を残そうとするのではなく、徹底的に自動化を突き詰めたときに初めて、人間が介在すべき真のバリューが炙り出されてきます。
藤井: すごく面白い視点です。契約のやり取りに関しても、全自動で行えないか考えてみてみます(笑)。最終的には人間同士の同意が必要になるので、どうしても人間が介在せざるを得ないボトルネックはありそうですが。
暦本氏: 最近、コンサルタントの人たちが必死でゴルフをして仲間を集めている話と同じですよね。全自動でできる仕事が増えた結果、最後の最後で差がつくのは「人間関係や人脈」くらいになってきている。全自動でできることを無理やり人間のバリューとして残すのは良くありませんが、どれだけプロダクトが完璧でも、営業の現場でお客さんとの関係性を築いたり地道に信頼を得たりする部分は、今でもAIに置き換えるのが難しい。徹底的に全自動化を捉え直すからこそ、人間同士のウェットな関係性や信頼という本質的な価値が明確になるのだと思います。
10年後の共創未来 ── 主体性を拡張し、人間が掴み取る「納得」
藤井: ここまで全自動株式会社やCFAによる合意形成の自動化について議論してきましたが、10年後、20年後の未来において、テクノロジーと人間の関係性はどのような姿になっているとお考えでしょうか。
暦本氏: 日本のように少子高齢化が進む社会においては、農業や物流、インフラの維持などをロボットやAIが支える未来は必然であり、非常にポジティブな側面を持っています。労働力が足りない部分をAIや自動化に任せるのは大賛成です。一方で、どれだけシステムが進化しても、僕は「自分の能力がAIによって拡張される感覚」をもっと探求したいと思っています。

藤井: 単にAIに仕事を丸投げして人間が怠惰になるのではなく、自らの能力や知性を拡張するための人間拡張としてのAIですね。
暦本氏: そうです。例えば少額訴訟や簡易な手続きであれば、AIが書類を作成し、全自動で判定を下して解決する方がお互いに時間もコストもかからずハッピーなケースもあります。ですが、重要な経営判断や社会的な合意形成の場面において、仮に100%全自動のAIが「過去の判例や全リスクを精査しました。この契約で完璧です」と言ってきたとして、人間はそれだけで完全に納得して責任を取れるでしょうか。
藤井: 確かにそうですね。ビジネスや社会の根底には、論理を超えて「人間自身が納得してハンコを押す」という意思決定と責任のプロセスが存在します。AIがどれだけ契約の論点や調停案を完璧に提示してくれたとしても、最後に「これでいく」と決めてその選択を正解にしていく覚悟を持つのは、どこまで行っても人間でしかありません。
暦本氏: 人間が自らやりたい領域(Efficacy)と、人間がやらなくてもいい作業(Efficiency)を正しく見極めること。そして、効率化の極致においてなお、人間が主体性を手放さず、自らの意志で納得と信頼を掴み取っていくこと。徹底的に全自動化の限界を問い続けるからこそ、これからの10年で目指すべき「テクノロジーと人間の本当の共創アーキテクチャ」が見えてくるのだと思います。
対談者プロフィール
暦本 純一(Junichi Rekimoto) 東京大学名誉教授・理学博士、株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所 シニアフェロー。1986年東京工業大学理学部情報科学科修士課程修了。日本電気などを経て、2007年より東京大学大学院情報学環教授を務めた。人間の能力をテクノロジーにより拡張する「人間拡張」や「IoA(Internet of Abilities)」を提唱し、世界的なリーダーとして研究を牽引している。著書に『妄想する頭 思考する手』(祥伝社)、『2035年の人間の条件』(共著、マガジンハウス)など。
藤井 克也(Katsuya Fujii) 株式会社Hubble Co-founder & CTO。東京大学大学院にて博士号取得。在学中は暦本研究室に所属し、ドローンや視線解析、人間拡張領域の研究に従事。MIT Media Labへの留学を経て、2016年に株式会社Hubbleを創業。CTOとして技術開発およびプロダクト構想全般を統括する。
(取材日:2026年9月 / Editing & Text by Hubble Brand Communications / Photo by Naoya Takahashi)