PERSPECTIVES Vol.2:「意味」の凝縮、納得のプロセス ── あらゆるものが自動化される世界で、人間の感性はどこへ向かうのか
デザインツールや生成AIの急速な普及によって、今や誰もがそれなりのアウトプットを瞬時に、かつ極めて安価に作り出せるようになった。テクノロジーは物理的な作業を自動化し、ビジネスの合理性を極限まで高めていく。しかし、あらゆる成果物が容易に複製可能になった世界で、私たちはそのプロセスに、どれほど自らの意志を込めているだろうか。
「スタートアップ経営という旅路と、その根底にある思想に迫るインサイトメディア」『Journal』。その対談企画である『PERSPECTIVES』では、Hubble経営陣が各界のトップランナーを迎え、ビジネスの大きな潮流のなかで、「普遍的な問い」を提示していく。
今回は、ファミリーマートの「コンビニエンスウェア」をはじめとする巨大な生活インフラから、鋭利な現代美術の文脈までを行き来し、圧倒的な表現力で社会に確かな手触りを与え続けるアートディレクター・安田 昂弘氏と、CEO早川晋平の対談をお届けする。
安田氏は、Hubbleがまだ「何者でもなかった」シード期に、そのビジョンをロゴという具体的な造形へと落とし込んだ、Hubbleの原点を知る人物でもある。
すべての工程を効率化へと委ねられる現代だからこそ、あえて立ち止まり、人間が納得して意思を交わすプロセスの本質、そして均質化する市場のなかで直感を信じることの価値を、対話を通じて解き明かす。
インテリジェンスを押し付けない ── 難しさをクリアにする「サービスの未来」
早川:会社が当時と比較して大きく変化し、今まさに成長過程にあるタイミングだからこそ、2019年当時のことを改めて安田さんと話したいと思っていました。当時は僕とCTO藤井、CLO酒井の3名で、ロゴ制作をご相談するために毎週のようにCEKAIのオフィスに通い詰めていましたよね。月額わずかな金額でシステムを売っていたような、まだ何者でもない僕らの熱量を、安田さんはどう捉えてデザインに落とし込もうとしていたのですか。
安田氏:僕はデザインの仕事を引き受けるとき、その会社の今の規模や、その瞬間の売上の数字から作ることはしません。あのとき僕が見ていたのは、Hubbleが提供しようとしている価値の「未来の姿」でした。契約書というのは、普通の人からすれば極めて触りづらく、難解で、できることなら敬遠したいものです。それをクリアにして、誰もが簡単に扱えるようにしていくのがHubbleの未来なのだと捉えました。
そう考えたとき、賢いことを難しそうに伝えるような、インテリジェンスをこれみよがしに押し付けるデザインは、Hubbleには絶対に似合わないと思いました。だからこそ、徹底的に「分かりやすさ」と「触りやすさ」を意識しました。

早川:あのとき安田さんがおっしゃった「インテリジェンスを押し付けない」という言葉は、今でも僕のなかに強く残っています。専門性の高い領域であればあるほど、自らを高尚に見せたり、難しそうにパッケージングしたりしたくなる誘惑に駆られる。けれど安田さんはその対極を目指してくれましたね。
安田さんとあの濃密な議論を交わしたからこそ、僕の中にクリエイティブの質に対するこだわりが芽生えました。単に綺麗なロゴマークを作るのではなく、プロダクトが社会に対してどのような姿勢で対峙するのかという意志を自分自身が腹落ちするまで言語化して、共有する。そのプロセスこそが、現在のHubbleが追求するプロダクト開発の背骨になっています。
画材としてのAI ── テクノロジーが人間に返す「健やかな時間」
安田氏:技術の進化と人間の関係を考えるとき、僕はよくカメラの歴史を思い出します。写真がフィルムからデジタルに移行したときも、あるいはコンパスと烏口で手引きしていた線がAdobeのIllustratorでベクターに置き換わったときも、その都度「職人の技術が失われる」といった議論が巻き起こりました。けれど、結局のところ何が起きたかというと、これまでの技術は残り、自分たちの表現したい体験を再現するための「新しい画材」がひとつ増えただけでした。AIも全く同じだと思います。
早川:テクノロジーの進化に対して過剰に怯える必要はない、と。
安田氏:そうです。むしろ、ツールが物理的な作業を代替して効率化してくれることで、人間がやらなくてもいい作業をどんどん手放せるようになります。それによって、私たちは「自分は一体何がしたいのか」という目的を考えるためにより多くの時間を割けるようになる。つまり、やることが整理されて、人間自身がどんどん豊かに、健康的になっていくはずだと思うのです。
仕事に追われて徹夜するような不健康な時間が消え、自分の心身の健康や運動に気遣う余裕すら生まれる。AIは長い目で見ると、人間を非常に健やかにし、結果的に人の寿命を延ばす可能性すらあると思っています。
早川:テクノロジーが人間の「寿命を延ばす」というのは、非常に面白い視点ですね。実は僕自身も、日々プロダクトを開発し、事業を運営するなかでAIの可能性と向き合っていますが、僕自身は、AIの本質って「専門性の壁を乗り越え、人と人のリテラシーの差を埋めて、新たな対話を生み出すこと」にあるんじゃないか、と最近感じています。

安田氏:専門的な知識そのものを調べる、といった作業をAIが肩代わりしてくれるからこそ、僕たちはそれらを前提として、さらに深いレベルでの意思決定や、より人間らしいコミュニケーションそのものに集中できるようになりますね。
早川:まさにその通りですね。ただ、そこで一つ、大きな逆説というか、僕たちが直面している現代の罠のようなものも見えてくる気がします。
「対話」の欠如と、真円に宿る意志 ── マックス・ビルの教え
早川:その罠というのは、AIを使って一時的な知識を仕入れたことで、その本質を「理解した気になってしまう」ことです。僕自身、先日AIと対話して得た「生物の種ごとになぜ寿命や発達スピードが異なるのか」に関する知識を、さも自分の知見のように他者へ話したことがありました。しかし、そこから一歩踏み込んだ深い質問をされたとき、自分の中に何の引き出しも、深みもないため、一切答えられなかった。便利さのあまり、自分が納得して獲得した言葉ではないものを、自分の思想だと錯覚してしまう危うさを強く実感した瞬間でした。
安田氏:まさにその「理解した気になる」ことの背景にあるのは、他者や自らとの対話のプロセスの欠如だと思います。最近、デザインやアートの世界でも、クリエイターが過去に手がけたパッケージデザインが、知らないWebサイトのLP上で、生成AIによって文字やロゴの形がめちゃくちゃに崩れた状態のまま画像として掲載されているのを目にすることがあります。
おそらく、制作者は予算や時間がなくて、AIを使って手早く画像を作ったのだと思います。崩れた文字に違和感すら持たずに公開してしまう。そのこと自体が問題なのではなく、最も致命的なのは、そこに「デザイナーと一緒に作り上げた時間」の記憶や「人と一緒に突き詰める」という対話のプロセスをすっ飛ばし、無意識という違和感が残った成果物が世の中に出てしまっていることです。
少し前から2,000円も払えば瞬時にロゴが買える時代です。そんな時代にあえて僕たちのようなプロフェッショナルにデザインを依頼し、高額な対価を払う意味はどこにあるのか。それは、成果物そのものの形以上に、「一緒に頭を悩ませ、考え抜くプロセス」それ自体にしかありません。
早川:僕も全く同感です。デザインも、僕たちが扱っている法律や契約も、最終的にはある種のドキュメントとしてアウトプットされます。しかし本質はそこではない。それを生み出す過程で「どれだけお互いに悩み、議論し、納得したか」というプロセスこそが、組織の中にカルチャーや共通言語として残り続ける価値なんですよね。
安田氏:僕のデザインは、極端に言えば「ただ丸を並べているだけ」なんです。自分にしか引けないオリジナルな線なんて、自分のデザインにおいてはむしろノイズでしかない。
そこで僕がいつも思い出すのが、スイスのアーティストでありデザイナー、マックス・ビルの『Compression 4:3:2:1』という作品です。西洋絵画におけるモチーフとは何かの考察として、美しい数式は絵画のモチーフに成り得るかという実践をしました。彼は、誰もが同じように引けるシンプルな数式や構成を用いて、極めて強固で美しい絵画や彫刻をつくり上げました。ある種、誰でも再現できるシンプルな要素だからこそ、そこに制作者の強烈な思想が浮き彫りになる。

先ほど、AIやAdobeなどのツールのおかげで、人間が手を動かす物理的な時間が減ったという話をしました。僕にとっては、かつて「真円をいかにきれいに描くか」という作業に奪われていた時間がテクノロジーによって削ぎ落とされたからこそ、この「なぜこの丸をここに置くのか」という意志の部分、意味を宿らせる思考へと、より純粋に踏み込めるようになったと考えています。
早川:誰もが同じものを使えるからこそ、そこにある意志の有無が決定的な差になる、と。これは僕たちが今まさに開発している契約AIエージェント「CFA(Contract Flow Agent)」のプロダクト思想とも完全に一致します。
AIがどれだけ契約の論点を瞬時に整理し、完璧なレビューを提示してくれたとしても、関わる人の合意形成は、絶対に人間がやらなければならないし、それをサボってはいけない。安田さんのお話を聞いて、僕たちのプロダクトの思想が、さらにくっきりと通った気がします。
直感と納得 ── 均質化する世界で「自分の答え」を信じること
早川:今の時代は、あらゆる意思決定において「失敗しないこと」が過剰に求められますよね。データや前例、あるいはAIが提示するもっともらしい最適解に頼ることで、失敗の確率を限りなくゼロに近づけようとする。でも、そうやって全員が同じロジックで答えを出した結果、市場にあるすべてのアウトプットが均質化し、誰の心も動かさないものになってしまっています。合理性を突き詰めた結果、誰にとっても「どうでもいいもの」が出来上がってしまうのは、ビジネスでもよくあることです。
安田氏:だからこそ、最後は直感を信じるしかないと思うのです。直感と言うと、単なる思いつきやあやふやなものに聞こえるかもしれませんが、それは人間がこれまでに見て、聞いて、経験してきた膨大なインプットが、脳内で無意識のうちに超高速で処理されて導き出された納得の結晶です。
最初にお話しした、Hubbleのロゴを「インテリジェンスを押し付けないデザインにしよう」と決めたのも、まさに僕の直感でした。そして、それを提案したときに早川さんたちが「これだ」と信じてくれた。あのときの意思決定には、データもロジックもありませんでしたが、お互いのなかに確かな納得がありました。
早川:あの瞬間の納得感は、今でも鮮明に覚えています。僕たちが安田さんの直感を信じられたのは、そこに「対話を通じて、お互いの意志を重ね合わせたプロセス」があったからです。

これからの時代、AIによって誰もがそれなりの最適解を瞬時に手に入れられるようになります。LLMは確率論的に次に来る文字を予測しながら文章を生成します。その性質上、出力は平均的な表現へと寄っていく。だからこそ、僕はプロダクトや経営において個性のないものを作りたくないし、あえて外れ値を大切にしていきたいと考えています。
AirbnbのCEOであるブライアン・チェスキーが、かつてスティーブ・ジョブズから受け継いだ言葉として「全員に好かれようとして太平洋全体を温めるのではなく、まずは自分たちを愛してくれる人たちの『バスタブ』を温めるべきだ」という話をしていますが、これはAIの時代にもまさに通ずることだと思います。
会社がスケールし、多くの人の意見が入ってくるフェーズだからこそ、経営者が直感とこだわりを熱量で語り、自身の介在価値を示さなければならない。そうして「自分たちは本当にこれで納得しているのか」と問い続ける姿勢こそが、企業の、そして人間の唯一無二の価値になります。
安田氏:ツールがどれだけ進化しても、最後に「これでいく」と決めるのは、いつだって人間です。均質化していく世界の中で、自分の直感と納得を信じて旗を立てること。それこそが、私たちが最後まで手放してはならない人間の手触りなのだと思います。
複雑さを愛する ── 「分かりやすさ」の先にある、企業の生命力
早川:安田さんとお話ししていると、僕たちが創業期から無意識に大切にしてきたものが、すべて言語化されていくような心地よさがあります。Hubbleというプロダクトの根底にあるのは、効率化そのものではなく、効率化した先で、人間同士がどれだけ深く合意や納得を交わせるか、ということですね。
安田氏:おっしゃる通り、世の中が分かりやすさやタイパ(タイムパフォーマンス)ばかりを追求するようになると、人間はどんどん考えることをやめてしまいます。デザインの世界でも同じですが、世の中のすべてのノイズを削ぎ落として、極限までシンプルにしたものが本当に正しいかというと、決してそうではない。時には「複雑なものを、複雑なまま受け入れる」という、ある種のタフさも必要だと思うのです。

早川:それはビジネスの現場でも、まさに直面している課題です。
現在、Hubbleのお客様はスタートアップから大企業へと広がっていますが、やはり組織の規模が大きくなるほど、守るべきシステムや従来の商習慣、意思決定の階層も複雑になります。私たちのこうした思想や手触りを、そうした組織に届けていくことの難しさを実感する場面も少なくありません。
安田さんは、ファミリーマートをはじめ、数多くの大手企業のプロジェクトでアートディレクションを手がけ、大きな組織や多くの人々を巻き込んでこられました。そうした様々な現場で、自身の「こだわりや美学」をどのように伝播させ、合意形成を導いてこられたのでしょうか。
安田氏:大前提として、私は「いいものを作りたい」「いいものを届けたい」と思っている人とだけ仕事をしたいと考えています。50、60点のものができて「まあまあニーズあるでしょ、デザインでなんとかしてよ」という仕事ではなく、限界まで100点を目指しているけれど、まだ遠そうな仕事だからこそ、やる意味がある。
会社の規模が大きくなると平均値で諦めてしまいがちなイメージがありますが、実は大きい会社ほど、本気で100点を目指して振り切っている、ものすごい熱量を持った人たちがいます。
私がずっと関わっているコンビニの仕事も、まさにその挑戦の連続です。都会にいると気づきにくいですが、ファミリーマートは地方の津々浦々まで店舗があります。服を買いに遠くの街までは出かけづらい人たちにとっても、コンビニは一番身近なインフラなんです。そこに「ちゃんと着られる良い服を置き、選ぶ楽しみを生み出す」という強い思いを軸に、これまで誰もやってこなかったチャレンジを、経営陣が本気で信じて振り切ったからこそ、今のファミリーマートの「コンビニエンスウェア」があると考えています。
例えば、ソックス1足の売上は、コンビニ全体の日商から見れば微々たるものかもしれません。効率や数字の平均値だけで見れば「やらない方がいい」という判断になりかねない。しかし、ファミリーマートはその可能性を信じて、売り場を拡張する投資をしている。大企業であっても、そうやって次の可能性のためにリスクを取ってチャレンジしている人たちがいます。
だからこそ、そういう「本当にいいものを作り、本当にそれを届けたいと思っている人」とだけ、徹底的に仕事をすることに決めています。
早川:まさにその通りですね。大きな組織の中に必ず存在する「変わりたいと強烈に思う人」を見つけ出し、彼らと手を取り合うことが本質なのだと確信しました。変えなくていい文化は尊重しながら、その奥にいる熱狂的な個人を支えていきたいなと。

安田氏:余計な作業をテクノロジーでショートカットした分、僕たちはその複雑な合意形成のプロセスにこそ、もっと時間をかけて、泥臭く悩むべきだと思うのです。
複雑さから逃げずに、お互いが納得するまで言葉を交わし合う。そのプロセスを経るからこそ、血が通い、組織のカルチャーとしての意味が宿るのではないでしょうか。
早川:効率化の先にある「人間の納得」こそが大切ですね。安田さんとの対話を通じて、Hubbleが次にどこへ向かい、何を問いかけるべきか、その方向がより鮮明に見えてきました。本日は本当にありがとうございました。
対談者プロフィール
安田 昂弘(Takahiro Yasuda)アートディレクター。1985年愛知県生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業。クリエイティブアソシエーション「CEKAI」所属。アートディレクション、グラフィックデザインだけでなくデジタル領域のデザインやディレクション、プロダクトデザイン、映像、空間ディレクションなど幅広い分野でクリエイションをしている。
早川 晋平(Shimpei Hayakawa)株式会社Hubble CEO。関西学院大学を卒業後、税理士法人でファイナンスと経営管理に従事する中で、業務オペレーションの非効率さを痛感し、独学でプログラミングを習得。2016年に株式会社Hubbleを創業し、CEOとして経営を牽引する傍らPdMとして開発にも携わる。Hubbleは契約業務・管理クラウドサービスとして、2025年グッドデザイン賞を受賞。
(取材日:2026年7月 / Editing & Text by Hubble Brand Communications / Photo by Naoya Takahashi)